私の視点。 この世の地球上で生きながら日々思うことの記録です。(隠された時間..)



創世記についての大いなる疑問(その2)
答えは、生の声で得られる事となった・・。
始まりの1日目から7日目についてだが、
原文はヘブライ語で書かれていて、
言葉の意味が誤解を招いているようだ。
「日」というのは、ある期間を示し、それが長い場合もあり、
文字どおり24時間の1日を示す場合もあるという。
そして、当時の大昔の人々に解りやすいように書かれているという・・。
聖書に書かれた大昔の人が900年近くも生きたなどと書かれているが、
到底信じられる事ではない。
信者の見解では、人として完全に近い状態だったそうだ。

あと・・私に齎された“神託”と見事に一致する興味深い面もある。
「神による創造の初めである者」、
「その御子が後のすべての創造の業に用いられた」・・
神託では、『大王』だ。
聖書では、『御子』。
偶然の一致が、私の中で聖書を聖なるものとして、
意識をせざるをえなくなっていく・・
初めて、大王、などと聞いた時、
正直笑いが込み上げた。信じられなかったからだ。
いや、この地球のほとんどの世の中の人々の反応がそうだと感じる。
でも、聖書にこうして暗示されているのを改めて確認する時、
怖くなる。
黙示録はどうやら私と切っては切れないもののようだ・・。
繰り返し述べるが、誰が受け入れられると言えよう。
確かに腐った世の中だが、
皆必死に今の時代を生きている。
我々は創造主に沿った神とは違う、人間だ。
病気もする、身体も痛める。
人間の物差ししか持ち合わせていない。
神の意向など普段から意識していない。
私だって今を生きるのに精一杯なのだ。











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介護の仕事(その3)
職員の皆が手を焼いている人物が一人いる。
会話がなかなか通じないご老人だ。
介護度4で身体も不自由だ。
その人を私一人で入浴させた。
無論、脱衣にも反論してくる。
いつもの事だ。

湯船に入れるのは、大変だがその人のために
入ってもらおうと頑張った。
なかなか足が上がらない。
細心の注意を払いながら、真夏の入浴介助のように
汗がだらだらになってしまった・・
湯船に浸かりながら、
「ありがとう、ありがとう」
ご老人はそう応えた。
心から言った「ありがとう」なのだろう、私も嬉しくなった。
浴室から出て服を着替える時、私に
「濡れているのね、冷えるから風邪引かないように気をつけてね」
と気遣う言葉。
ドライヤーをかけて終了して立った時に、ご老人は
「お陰さまで、温まった、ありがとう」
と感謝の言葉を述べられた。
他の職員が手を焼いていて、厳しくご老人に当たる人もいるのが現状だが、誠心誠意で接すれば、こうして応えてもらえるのだ。

でもその日は、引き換えに私の身体がくたくたになった。
でも、これが誠心誠意の介護なのだ。









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